大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)3848号 判決

原告 辻吉蔵

被告 深山新次郎

一、主  文

被告は原告に対し東京都台東区南稲荷町百四番地所在木造亜鉛葺二階家三戸建一棟の内、電車通りから向つて左側の一戸建坪十二坪二階十坪中表側階下五坪(間口二間、奥行二間半)の店舗の部分及び二階表側四坪(七畳敷の部分)を明渡し且昭和二十六年七月一日以降明渡済まで一月金千円の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として原告は主文第一項掲記の三戸建一棟の家屋の内、電車通りから向つて左側の一戸で蕎麦屋を開業していたが太平洋戦争が熾烈となり任意疎開が勧誘され、又強制疎開も行われるような情勢となつたので家族を愛知県下に疎開させ、原告一人右家屋を守つていた折柄昭和二十年八月初頃強制疎開により店舗を失つた被告から「原告方の店舗を一時使用させて欲しい。若し使用させて呉れるなら被告が右店舗で販売する売薬その他の商品売上高の一割を店舗使用料として支払うから」との申込を受けて右申込を承諾し、主文第一項掲記の表側階下五坪(間口二間、奥行二間半)の店舗の使用を許し次いで被告の懇請により二階表側四坪(七畳敷の分)も被告に使用させた。使用料は被告において当初は売上高の一割と称するものを支払つていたが、その後昭和二十一年三、四月頃から毎月二百五十円宛を昭和二十三年九月頃からは毎月五百円宛を支払うようになつたその後昭和二十五年十一月一日原被告間に被告の上叙使用部分につき賃料を一月金千円とし、被告はその使用部分の造作の施設変更をしないことと云う約旨の期間の定めのない賃貸借契約が結ばれたところこれより先き終戦に伴い原告の家族は疎開先から帰つて来たので原告も再び家業の蕎麦屋を開業するため被告に賃借部分の返還を求めたが応じて呉れず、やむなく原告は被告使用部分を除いた残りの部分に蕎麦屋を始めたが被告に表側の店舗を使用されているため、横通りから更に三尺巾の裏路地を廻つて漸く原告の営業部分の出入口(本件家屋の勝手口である)に達することができる状態で、右営業部分は便所前の僅かの場所であり従つて来て呉れる顧客も殆んど稀で出前によつて辛うじて生計を樹てているのであるが原告方の家族は妻の外十八歳を頭に五人の子があつて、このままの収入では最低限度の生活さえ覚束ないばかりか原告の使用部分は三畳間二室のみであるから単に日常の起居のためだけでも狭隘の度を超え悲惨な有様であるそこで原告は被告に賃貸してある部分を原告において自ら使用する必要あることを理由として昭和二十五年十二月二十二日被告に対し賃貸借解約の申入の通知を発したが右通知は翌二十三日被告に到達した。ところで被告は東京都葛飾区青砥に約四十坪の住宅を構え、現にその妻及び娘二人を居住させている外、同地区に約二十三坪及び約十坪の各住宅を所有し原告から借用している本件家屋には女中一人を置き、自ら青砥の住宅と本件家屋との間を往来して安楽な生活を営んでいるので原告の前示解約申入は正当な事由に基くものであり右申入到達の日から六月目の昭和二十六年六月二十三日の経過と共に原被告の本件賃貸借契約は終了した。よつて原告は被告に対し右終了による賃借部分の明渡と終了の日の後である同年七月一日以降明渡済までの一月金千円の割合による約定賃料相当の損害金の支払を求めるものである。被告の抗弁事実中昭和二十六年七月二日同年六月分として原告が被告から金千円の支払を受けたことは認めるが右は同月中賃貸借終了の日までの賃料並に終了の翌日以降月末迄の損害金の趣旨で受領したものである。その余の事実は否認すると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中原告がその主張の家屋で、蕎麦屋を開業していたが太平洋戦争が熾烈となつたのでその家族を田舎に疎開させ、原告一人で右家屋に住んでいた折柄昭和二十年八月初頃強制疎開のため店舗を失つた被告が原告方店舗を原告主張の如く売上高の一割を借賃として支払つて借用し度いと申込み、原告の承諾を得て右店舗(原告主張の間口二間、奥行二間半の範囲)を借用し、次いで原告主張の表二階四坪(七畳敷の分)を借用するに至つたことは認めるが右借用は一時使用のためではなく、期間の定めのない賃貸借契約を結んだのである。そこで当初は約定の売上高の一割を賃料として支払い、その後昭和二十一年三、四月頃から賃料額を固定して毎月二百五十円宛を、更に昭和二十三年九月頃から毎月五百円宛を支払うようになつたこと、昭和二十五年十一月一日以降は一月金千円に賃料値上することの合意が原被告間にできたこと、これに先立ち終戦に伴い原告の家族が疎開先から帰つて来たこと、原告から被告に対し本件家屋の明渡を求めたが被告においてこれに応じなかつたことその後原告が本件家屋中被告に賃貸した残りの部分に蕎麦屋を開業したこと、原告方の家族は妻の外、十八歳を頭に五人の子があり本件家屋中三畳二間に起居していること、昭和二十五年十二月二十三日原告からその主張の賃貸借解約申入が被告に到達したこと並に被告が原告主張の如く葛飾区青砥に約四十坪の住居を構え妻子を居住させている外、同地区に原告主張の各住宅を所有しており、原告より賃借した本件家屋には雇女一人を置き被告自身は青砥の住宅と本件家屋とを往来していることはすべて認めるがその余の原告主張事実は否認する。被告の青砥にある住宅附近は到底店を出して商売のできるような場所ではないし、被告の疎開前の店舗は本件家屋から程遠くない箇所にあつたので顧客の関係上旧店舗附近の本件家屋の店舗を賃借したのであるが狭隘のため本件家屋に被告の家族をいれることができないので被告は本件家屋と青砥の住宅との間を往来しているのであると述べ抗弁として本件家屋中賃借部分の賃料を昭和二十五年十一月分から一月千円に値上する旨の合意ができた際原告は当分の間解約申入をしないことを被告に約したのであるから右約定に反する原告の本件解約申入は賃貸借を終了させる効力がないものと云うべく原告も現に右申入後六月の期間満了の後である昭和二十六年七月二日被告から提供した同年六月末日迄(期間満了の翌日である同月二十四日以降の分を含む)の賃料を異議なく受領している次第であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告がその主張の家屋で蕎麦屋を開業していたが太平洋戦争が熾烈となつたのでその家族を田舎に疎開させ、原告一人で右家屋に住んでいた折柄昭和二十年八月初頃強制疎開により店舗を失つた被告が原告方店舗を原告主張の如く売上高の一割を借賃として支払つて借用し度いと申込み原告の承諾を得て右店舗(原告主張の間口二間奥行二間半の範囲)を借用し次いで原告主張の二階表側四坪(七畳敷の分)を借用するに至つたこと、借賃としては被告は当初は売上高の一割をその後昭和二十一年三、四月頃から毎月二百五十円宛を、更に昭和二十三年九月頃から毎月五百円宛を支払い昭和二十五年十一月一日以降は原被告間に賃料を一月千円とする合意が成立したことは当事者間に争がない。ところで昭和二十年八月初頃原被告間に成立した被告使用部分の貸借契約が一時使用のためにするものであつたか、又は普通の賃貸借契約であつたかについては本件当事者に争があるけれども、この点は兎もあれ、昭和二十五年十一月以降において原被告間に被告使用部分につき期間の定めのない賃貸借関係があつたことは本件当事者間に争のないところである。更に又、これより先き終戦に伴い原告の家族が疎開先から帰つて来たこと、原告から被告に対し賃貸部分の明渡を求めたが被告はこれに応じなかつたことその後原告が本件家屋中被告に賃貸した残りの部分に蕎麦屋を開業したこと並に昭和二十五年十二月二十三日原告からその主張の賃貸借解約申入が被告に到達したことも被告の認めるところである。そこで右解約申入が正当の事由によるものであるか否を考えて見ると、原告方の家族は原告夫婦の外十八歳を頭に五人の子があるのに、本件家屋中原告一家の使用している部分は僅に三畳程度の二間だけであることは被告の認めるところであるが右事実からしても原告一家の起居に多大の苦痛と困惑があり戦後の住宅事情が一般に窮屈であると云う公知の事情を考慮にいれても原告に忍従を強いることはできない状態であることが推定できる。しかも成立に争のない甲第一、第二号証証人森山茂、伊藤正信、福島きよ子の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば本件家屋は元来訴外森山茂の所有であり同人から原告が賃借して蕎麦屋を開業していたものであるが原告は本年四十七歳になるけれども二十歳の当時から蕎麦屋営業を見習い戦前は原告の営業は相当繁昌したものであつたところ、戦後は店舗を被告に使用されたため原告の営業の場所は本件家屋の便所の側の台所を改造した約一坪の範囲に卓子と二三脚の椅子を置いているものであり、右営業の場所の位置は上野より浅草に通ずる都電の通りから横通りに入り更に右横通りから、三、四尺巾の路地を三間以上入つた突当りにあつて昼間でも薄暗くそのような場所であるため来店する顧客も稀であり多少の出前があるのでどうやら暮しをたてている有様であることが認められる。右認定の事実からすれば原告としては一家の生活を支えるためにも被告に賃貸した部分を自ら使用する必要があることは明であるから、経済上からも単に住居の上からも本件賃貸部分は原告にとつては欠くことのできない重要性を有するものと云わざるを得ない。ところで賃貸人の自己使用の必要の有無を判断するについては貸主側の事情ばかりではなく借主側のそれも考慮すべきものとされている。この点について近時住宅事情の急迫に伴い、元来社会的施策によつて解決さるべきものを貸主対借主の関係において取り敢えず解決しようとする傾向がないわけでもなくこれがため賃貸人の負担を不当に過重ならしめ、その結果、却つて家屋の賃貸借を難渋にし、一般家屋の借手を苦しめる一面を生じていることは戒心を要する。本件の如く自己使用を理由とする解約申入については賃貸借当事者双方の事情を考慮するのは借家法第一条の二に「賃貸人が自ら使用することを必要とする場合」に該当するか否を判断するためであるが右法条を素直に解すれば貸主の自己使用の優先性を規定していることを否定できないし、社会連帯の理念からする財産権の行使の制限を是認しても元来が財産権の尊重と取引の自由を標榜する現私法の下では、右行使の制限は全法制との調和を維持する顧慮なくしてなさるべきものではないから貸主の自己使用の事情が社会の健全な常識に照し、無理がなくもつともだと納得できる限り借主の事情はそれとして一応貸主の使用の必要性を肯認せざるを得ない。ただ借主がその賃借家屋を措いて他に起居し得る住居のあてがなく、しかもその賃借家屋によつてのみ生存を維持するの外差当り他に生存の途を求め得ないと云うような事情にある場合に、貸主にその家屋使用を強行しなくとも何とか凌げるだけのゆとりがあればそのゆとりが多少でもある点で貸主の自己使用の必要性を相対的な意味で否定できるだけのことである。(但し貸主の自己使用の必要性の価値が低く評価されるに拘らず借主の使用価値が極めて高く、その使用の剥奪が貸主に与える利益が僅少であるのに借主にもたらす損害が莫大なような場合は必要性の問題より転化して一般の権利の濫用の問題として取扱われるべきである。)本件における被告側の事情としては被告が原告主張の如く葛飾区青砥に約四十坪の住居を構え妻子を居住させている外同地区に原告主張の各住宅を所有していることは被告の認めるところであり又証人飯塚吉次の証言並に被告本人訊問の結果によれば青砥にある被告の住居には被告夫婦の外長男の一家三名と被告の娘二名(内一名は他に嫁し、住居も他にあるが一時的に寄寓しているものである。)とが住んでいるが住居に困るわけではなく被告が本件賃借部分を必要とするのは、青砥の被告方附近は淋しい住宅地で店舗など出してもどうにもならないところなので、全く商売上の理由によるものであるところ他方被告の妻は病身で始終医者にかかつており、長男は満洲で負傷して復員したので一定の仕事もできず被告から生活上の扶助を受けている状態で結局被告の商売上の収益が一家の生計の資となつていることが認められるので、被告が本件賃借店舗を失えば差当つて収入の途がとまることは推定できるけれども家屋の賃貸人が家屋を賃貸すれば、その家屋の使用収益をさせる義務があることは云うまでもないが、さりとて家屋を賃貸したと云うだけで「大家と云えば親も同前、店子と云えば子も同前」と云つたように、賃借人一家の将来に亘る生計を保証する義務があるわけではなく前述のような特段の事情の存する場合に、賃借人の生存の必要上その経済事情が比較的ゆとりのある賃貸人の自己使用の必要性を相対的に否定する資料となるだけのことであるから上来説示したところにより賃貸人に比し寧ろ経済事情の良いと認められる本件賃借人については、前示収入の杜絶だけでは原告の本件賃貸部分の自己使用の必要性を相対的にも否定し得ないものと断ぜざるを得ない。して見れば原告の本件賃貸借解約の申入は正当の事由があるものと云うべきである。

そこで被告の抗弁について考えると、被告は昭和二十五年十一月一日から賃料を一月千円と取極めた際原告において当分の間解約申入をしないことを被告に約したと云うのであるが右事実はこれを認め得る何等の証拠もないばかりか原告本人訊問の結果によれば右の如き約定がなかつたことが認められるので右約定の存在を前提とする被告の抗弁は採用できない。

以上判示したところにより原告の解約申入が被告に到達した日の翌日から起算して六月目にあたる昭和二十六年六月二十三日の経過と共に原被告間の本件賃貸借契約は終了したものと断ずべきものである。被告は右経過後の同年七月二日、経過後の賃料を含む同年六月分(六月末日迄の分)の賃料を原告において異議なく受領した旨陳述し暗に右事実を以て原告が本件賃貸借の継続を承諾したかの如き言辞をなしており、右の如く七月二日に六月分として千円を原告において受領したことは原告の認めるところであるが、すでに判示した通り賃貸借契約が終了したのは六月二十三日であるから、法律の専門家でもない原告が僅か七日分について特に異議を止めないで受領したからとて、その後七月分以降の賃料を受領した事実の認め得る証拠のない本件においては、右七日分をも賃料として受領するつもりであつたとは解し難いので右事実だけからして原告が賃貸借の継続を承認したものとは云えない。よつて被告に対し賃貸借契約の終了による賃借部分の明渡と右契約終了後である昭和二十六年七月一日以降明渡済に至るまでの約定賃料相当の一月金千円の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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